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イザヤ54 2 

イザヤ54章5節の実践をする事になったのですが(笑)

〜あなたの夫はあなたを造った者、その名は万軍の主。

あなたの贖い主はイスラエルの聖なる方で、全地の神と呼ばれている〜

で、イエスが私の「伴侶、夫、婚約者」として、すでに「決まった相手」

であるように、私の毎日を生きる事になりました。 

キリストの「花嫁」であるので、もちろん、新しいことではないのですが、

この時に聖霊様が示してくれた事は「花嫁ならば、そこまでに至る関係を

求めなさい」ということでした。出会ってから、結婚するまでの関係です 笑

そして、祈って考えて待ちましたが、それはやっぱり「十字架」は

私へのプロポーズであった事。

イスラエルの文化では、婚約式が、ほぼ結婚式ぐらいの重要性を持つと

聞いた事がありますが、その「婚約式」というか、プロポーズ式のような

ことは、今でもされているようですね。

男性が彼女を呼ぶためにパーティを設定して、たくさんの人がいる中で、

ワイングラスにワインを注いで「これが私の人生です、命です。あなたは

私を受け取ってくれますか」と言って渡します。 

女性は答えが「イエス」であるなら、「そのグラスを受け取って、ワインを飲む」そうです

が、答えが「ノー」であるなら、そのグラスを受け取らないとか? だったと思います。

2人だけのところで、こっそり「結婚してくれますか?」というのではなく、

すでに沢山の招待客がいるところで、プロポーズすることは、勇気とへりくだりが

いることですね。  

私にとって、イエスの十字架はまさに、ワイングラスにワインが注がれて、

「わたしの全てをあなたにあげます。あなたはわたしを受け取り、わたしの命で生きます

か」と語っているようでした。聖餐式でパンとワインで、イエスが私達の為に

死なれ、そしてよみがえった事を思い出し、語ります。 

ワインは「血潮」です、そして「命は血の中にある」とあるように、血がないと

血を持っている生き物は生きる事ができません。 

鞭で打たれ、十字架につけられたイエスは、封のされたワインボトルから、

ワイングラスに注がれたワインのようです。

わたしが生きるためには、イエスは死ななければ、ワインボトルのふたは開けられなかっ

のです。永遠の命があっても、わたしが「飲む」ことはできなく、それによって「生きる」

事ができなかったのですね 

どこかの天皇の息子さんが、プロポーズした時には「いのちをかけてあなたを守ります」と

言ったように、イエスは「わたしの命であなたが生きる為、わたしは十字架につきます」と

私はプロポーズされた訳です。 号泣です、自分の部屋で(笑) 

そして、この時に、一つの幻が見えました。

赤い綺麗なハートに、漢字の「夫」という穴が空いていたのですが、

赤い色がこの「夫」の穴を埋めて、綺麗になくなったのです。 

よく、人間の心には、神様にしか埋められない「穴」があると 言いますが、

この時は、私の中にあった具体的な神様にしか埋められない穴が 「夫」である事が

わかりました。

「あなたの夫はあなたを造った者」という聖書箇所が、生きて働いたのが、

この時でした。イエスが私の「夫になった」と説明するとちょっと不思議かもしれませんが

でも、そういう意味です。  

独身でいることも、結婚していることも、主にあっては両方良いことです。

でも、あなたにとって 独身でいる事が、私がそうであったように苦しみや恥を

もたらすドアになってしまっているなら、イザヤ54章を読むことをお勧めします。

そして、祈ってみてください。

〜 主イエス様 あなたの約束を感謝します。 

  私の結婚の願いを自分で握るのではなく、あなたに委ねて、渡します。

  そして、あなたが私に与えてくれる結婚の祝福

をイエスの御名によって受け取ります 

  状況が変わる前に、感謝し、あなたに賛美し、喜びの声をあげます 〜

  そして、祈りが聞かれて、「結婚した人のように」何を信仰の行いとして あなたが 

  願っているのかを、教えてください。 

  私の夫として、婚約者として、伴侶としての主との関係を導いてくださることを

  感謝して イエスの御名で祈ります〜  


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