聖書的な「個人預言」とは
- 相馬 伸子

- 4月1日
- 読了時間: 3分
更新日:3 日前
〜神様からの個人的な励ましと愛のメッセージ〜
1. 個人預言とは何か?
聖書における「預言」は、未来の吉凶を占うものではありません。漢字で「あらかじめ(予)言う」と書くのではなく、「神様の言葉を預(預よ)かって語る」ことを意味します。
その中でも「個人預言」とは、神様が「あなたという特定の個人」に対して持っておられる愛や計画、励ましの言葉を、他のクリスチャン(預言の賜物を持つ人)を通して伝えてもらうことです。それは、神様があなたの現状を知っており、深く愛し、個人的に関心を持っておられることを体験する素晴らしい機会となります。
2. 個人預言の3つの目的(肯定的な力)
聖書は、預言の目的が非常に肯定的で、人を建て上げるためのものであると明確に語っています。
徳を高める(造り上げる): 霊的な成長を促し、信仰を強め、その人が本来持っている可能性を引き出します。
勧める(励ます): 困難な状況や行き詰まりを感じている時に、前に進むための勇気と希望を与えます。
慰める: 悲しみや痛みの直中にある時、神様の深い愛と平安で心を包み込みます。
個人預言は決して人をコントロールしたり、恐怖を与えたり、罪を責め立てたりするものではありません。聞いた後に「平安」と「神様からの愛」を感じるのが、正しい預言の大きな特徴です。
3. 聖書に見る個人預言の実例
聖書の中には、個人に向けられた預言によって人が励まされ、使命へと押し出された例がいくつも記録されています。
テモテへの預言: 若いリーダーであったテモテは、長老たちから按手(手を置かれること)と預言を受けたことで、自分の霊的な賜物(才能や役割)に気づき、励ましを受けました。
パウロへの預言: 使徒パウロも、アガボという預言者から個人的なメッセージを受け取り、これからの旅路に対する心の準備をすることができました。
4. 個人預言を受け取る際の心構え
個人預言は素晴らしい神様からのプレゼントですが、受け取る側にも健全な姿勢が求められます。
聖書と照らし合わせる: 語られた言葉が、聖書の教えや神様の愛の性質と矛盾していないかを確認します。
無理に当てはめない: 今すぐ理解できない言葉であっても、心のノートに書き留めておき、時が来て自然と状況が追いつくのを待ちます。
最終的な決断は自分と神様で: 預言は人生の決断を他人に委ねるものではありません。語られた言葉を祈りの中で吟味し、自分自身の内に与えられる「平安」に従って歩み出します。
5. 関連する聖書箇所
【預言の目的について】
「しかし、預言する者は、人に向かって語り、人を造り上げ、励まし、慰めます。」
(コリント人への手紙 第一 14章3節)
【預言を大切にし、吟味することについて】
「御霊を消してはいけません。預言をないがしろにしてはいけません。すべてのことをわきまえて、良いものを堅く保ちなさい。」
(テサロニケ人への手紙 第一 5章19〜21節)
【個人への励ましと賜物について】
「長老の教会の者たちがあなたに手を置いたとき、預言によってあなたに与えられた、あなたの内にある恵みの賜物を軽んじてはいけません。」
(テモテへの手紙 第一 4章14節)
【神様が個人に抱く計画について】
「わたしは、あなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。──主の御告げ──それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」
(エレミヤ書 29章11節)



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